3.25.2010

The Secret Life Of Words

このあいだ、風のものすごく強い夜に、なにを、というわけではないのだけど、ただとにかく映画が観たくなって、つまり映画を観ることによってしか享受できないような気分を味わいたくなって(……というようなことは人によってはしょっちゅうあるみたいだけど、ぼくの場合はそんなにしょっちゅうというわけでもない……まあ、そんななことはさておき)ツタヤに行き、目がまわるほどに店内を巡回しつつこれも観たいあれも観たいとDVDを何枚も手に取りながら、しかし、観ていない映画は当然ながらそれを観ながら、あるいは観終わった後に、どんな気分になるか保障されているわけではないので、ついつい用心深くなり(……関係ないけど、ぼくはサーティワンやハーゲンダッツといったアイスクリーム屋さんに入ると、これも食べたいあれも食べたいと指をくわえながらも、一方でついつい用心深くなり、結局最後は「ラムレーズン」を注文してしまうという習癖をもっているが、そんなこともさておき!)、結局、何年か前の、やはりものすごく風雨の強い、というか、たしか台風の夜に、観た映画を再び借りて、観た(さて、この一文で「観」という感じを何度使ったでしょう?ーーつーか、そんなことはどうでもよい!)。イザベル・コイシェ監督「あなたになら言える秘密のこと」。

おそらくはスコットランドの東、360度見渡す限りの海原、というような北海の海上に、孤島のように浮かぶ、あ、いや、浮かんではいないんだけど、浮かんでるように見える、海底油田掘削所がこの映画の主たる舞台なんだけど、ここでの地味〜なアウトサイダーたちが織りなす地味〜なシーンの数々が、なんとも言い難く、ぼくをいささかメランコリックにしてすこぶるエレガントな気分にさせてくれるんだよね。

で、今回、気づいたのは、物語には直接関係のない、エンドロール的な側面なんだけど、この映画、スペイン人監督によるスペイン映画なのに、スペイン人と思われる登場人物がただの一人も出てこないこと、そしてスペイン語がたぶん一言も話されていないことで、この事実に、ぼくは映画そのものとはまた別の感銘を受けてしまった。ストーリーと照らし合わせて考えるに、これは決して商業的な打算があってのことではないはずだ(例えば、フランスのポップ・バンドがワールドワイドなマーケットを意識して英語で歌う、といったような)。しかし、ああ。この先をどう説明すべきか。国境とか人種とか人類とかグローバリズムとかインターナショナリズムとか民族的アイデンティティとか倫理とか責務いった単語が、つい頭に浮かぶのだけど、それじゃぼくの感銘は伝わらない気がする。というか、このあたりのことを意見するには、石橋を叩いて渡るほどの慎重さを期さなければいけないということを、遅ればせながらぼくも学びつつあり……まあ、ぶっちゃけて言えばさ、安直に反論してくる阿呆どもを捩じ伏せる強靭にしてしなやかなロジックをいまだ持ち得ていないのである。だから、これ以上は語らないことにする、さしあたって今日は。ちゃんちゃん。終わり。竜頭蛇尾。ははは。いや、この先は、原稿料なしでは書けん!

とまれ、文句なしに星五つの映画です。この一週間に限って言えば、我が人生のトップ5入り。冷静に判断しても、トップ40には入るだろう。

が、ひとつケチを付けると、タイトル。日本語のタイトルね。原題は「The Secret Life Of Words」。まあ、けっこうがんばってはいるんだけどね。それに、ほら、この監督の前作「死ぬまでにしたい10のこと」が、そこそこヒットしたようだから(ちなみにこちらの原題は「My life Without Me」)、その雰囲気を踏襲したいんだろうし。でもなあ。も少し(原題のように)クール&ドライにいかないものか。あるいは、枯淡、なんて表現を使うと、あなたも納得してくれるかもしれない。

おやすみ。おそらくはこの冬、最後の冷たい雨の夜に。