3.12.2009

書を携えて旅に出よ


駆け足でミラノとパリに行ってきた。

ほんとうは、なんであれ、慌ただしく行動するのは苦手なのだけど、今回はまあ時間的にも金銭的にものんびりする余裕はなかったので仕方があるまい。ミラノ行きの飛行機の中で堀江敏幸の『郊外へ』を読む。エッセイと小説のあわいをたゆたうような端正にしてチャーミングな文章にうっとりして眠り、目覚めてはまたうっとりしてるうちにミラノに到着。そのミラノはずっと雨。冬の雨。冷たい雨。不法移民らしき中近東系の物売りから5ユーロで折りたたみ傘を買い、ひたすら石畳の街路を歩いた。ほとんどあてずっぽうに、というのはなぜかガイドブックに路線図が載っていないからなのだが、トラムに乗ったりもした。あるいは、カフェで立ち飲みエスプレッソ。書店でうろうろうきうき。ヘンリー・ミラーの『北回帰線』のハードカヴァーとアラン・シリトーの『長距離走社の孤独』のペイパーバックをジャケ買い。ほんとうはミラーの『セクサス』『プレクサス』『ネクサス』三部作ボックスが欲しかったのだが、値段を見て断念。まあ、どうせイタリア語じゃ読めないんだし。いや、読める読めないはじつは関係ないんだけど。書物というモノが好きなんでね。一人で食べる晩ご飯はさすがにわびしいけど、しかし極上のペンネ・アラビアータと廉価の赤ワインとキュートな給仕の女の子がそれを癒してもくれる。ミラノ中央駅から列車に乗ってパリへ。列車の中ではケルアックの『オン・ザ・ロード』を原書で。そういえば、ケルアックの英語に触れるのははじめてだったかもしれない。これがまた、なんともチャーミングな英語で。端正ではないけれど、程よいルーズさが孤独な心を温めてくれる。などと生意気にも感じるのは青山南の新訳の印象が残ってるからか。とまれ、いつのまにか列車の走行リズムに合わせて眠っている。目覚めると、そこはアルプス山中。一面の雪景色。うそだろ? いや、まじだ。ほんとに雪だ。ヨーロッパの雪だ。白い夢じゃないぜ。車掌がイタリア人のでっかいおっさんからフランス人のでっかいおねえさんに変わる。だから挨拶も「ブォンジョルノ」から「ボンジュール」に。パリでは友人たちに一年半ぶりの再会。抱擁。とらやの和菓子と『女たち』を渡す。英訳の「サンドラ」だけは彼らも読んでくれるだろう。そして、今回の旅の一応のメインである、セミ・マラトン・デ・パリに出場。ようするに、ハーフマラソン大会。大会というよりフェスティヴァルといったほうがいいかな。練習不足が祟って、ちっとも良いタイムじゃなかったけど(1時間59分58秒)、とても楽しく走った。なんつってもパリの市街とヴァンセーヌの森を走るんだからね、眺め抜群、雰囲気ワンダフル。まるで映画の中を走ってるみたいだわ♥。沿道では様々な人々が様々な音楽を、シンフォニーやらアフリカンビートやらロックンロールやらを、生演奏していて、iPodは不要だったかもしれない。もちろん、その日以外は、ミラノ同様、ひたすら歩き回る。歩き疲れたらカフェでKate Bravermanの"Squandering the Blue"を電子辞書を引きつつ。読み疲れたら通りを行き来する人々をぼんやり眺め。きれいな女性に目がいくのはいつものことだけど、今回はやたらと初老のおっさんに目が奪われる。なぜかを考えたけど、端的には言えないのでここでは割愛。そうしてやっぱり、書店でうろうろうきうき。ミシェル・ウエルベックやマリー・ンディアイの原書や(結局)ブコウスキーや(相も変わらず)ミラーの仏語訳を購入。買い物は本だけ。あ、塩とウエハース・チョコレートも買ったか。と、そんなかんじで、駆け足のミラノとパリの旅は終わり。関空(成田への直行便が取れなかったので)への機中ではシャンパンと白ワインでぐでぐでになりながらコーマック・マッカーシーのクライム・ノヴェル『血と暴力の国』を。No Country For Old Men.

ざっと乱暴に書いたけど、こういうのをいずれつらつらと書いてみたいね。それこそ、堀江敏幸さながら、エッセイと小説のあわいを優雅にたゆたうように。もっとも、おれが書くと、あのような品位や含蓄は出ないんだけどさ。

うん、これからも、日常と旅先を、日本と外国を、日本語圏と日本語圏外を、往還していたいと強く思った。そんな形而下の、ひたすら地上的な往還の中でしか、見えてこないものがあるのです。みなさん、書を携えて旅に出ましょう(笑)。……(笑)は、みっともないから取るか。書を携え、旅に出よ。ピース。