6.30.2009

セットリストというほど大層なものではないが。

ゆうべはCCCに来てくれたみなさん、ありがとう。
結局、朝まで飲んでしまった。久々の朝帰りと朝カップ麺。現在、二日酔い=精神的悪寒のブリザード。
栃木県からはるばる来てくれた眉毛のない大学生からのリクエストにお答えして、レコードやCDを片付ける前にざっとセットリストを。

0. Artist/Title
1. Jonathan Richman / That Summer Feeling
2. Moby / Honey
3. Beck / Lloyd Price Express
4. The Roots / Guns are Drawn
5. Martiangang Feat.Time Machine/Miami Vice (smooth current mix)
6. A Tribe Called Quest / Can I KIck It?
7. Carlos Nino & Lil Sci / Higher
8. Department of Eagles / Noam Chomsky Spring Break 2002
9. Brazilian Girls / Last Call
10. Prince / Raspberry beret (Extended Remix)
11. Ian Dury / Wake Up And Make Love With Me
12. Elvis Costello / Miracle Man
13. The Only Ones / Why Don't You Kill Yourself
14. The Undertones / Teenage Kicks
15. The Smiths / You've Got Everything Now
16. The Clash / Rock The Casbah
17. The Smashing Pumpkins / 1979
18. 曽我部恵一 / 有名になりたい

もしかすると1、2曲違ってるかもしれないが、おおよそこんなかんじ。しかしね、中田。音楽を漁るのはもちろんけっこうなことだが、小説だって少しは読めよな。せめて、おれの小説くらいは読めよ。おれのとブコちゃんのとアーヴィン・ウェルシュのと……。そのへんは押さえておいてほしいね、眉毛のないギーザーくんには。

ところで、DJズズモのあれっていうのをおれはかけたのか? かけたような気もするしかけていないような気もする。ようするに自分でもあれっていうのがなんなのか、ちゃんとわかっていないのであり……。

ではまた。

6.24.2009

鈴茂の週刊フィルム・レヴュー

『レスラー』ダーレン・アロノフスキー監督、ミッキー・ローク主演
☆☆☆☆☆
星五つ。いっそのことどっかから星を半分もぎ取ってきて五つ半にしたいくらい。そして、いきなり我が人生のベストテン入り。しばらくはランキング1位を暴走するだろう。素晴らしい。素晴らしすぎる。……それ以外に何を言えばいいだろう。ダークサイド・オブ・アメリカン・ドリーム。失意と痛みとそんな中から静かに立ち上がってくる希望と。……希望? あれは希望なのか? 諦念とも言えるんじゃないのか? ちょっと待て。褒めすぎのような気もしてきた。いや、素晴らしすぎるのはウソじゃない。しかし、その一方で、痛すぎる、悲しすぎる。……ああそうか。映画そのものの素晴らしさと描かれている人生の痛々しさや悲哀を混同してしまうのかもしれない。映画であって同時に映画じゃなくなる映画……という言い方でなんとなくわかってもらえるだろうか。そう、鎮魂歌のように。うん、そうだ、これはレクイエムなのだ。不器用でひたむきな、だからこそ悲劇性を纏ってしまう人生へのレクイエム。なんだか論旨がねじれてしまった気もするが、まあ許せ。最近は、脳細胞がどんどん死んでいってるように感じる。ほんとうなんだ。やばいな。まだするべき仕事はたくさんあるんだが。やっぱタバコはやめるべきか。……タバコって……なんか考えることがちっこいな。……話が逸れてる。久々の主役を演じたミッキー・ロークが素晴らしいのはさておくとして、ストリッパー役のマリサ・トメイがとんでもなく素晴らしい。場末のストリップ・バーで、オッパイ出してケツ振って、それでもなお優美さを失っていない。あの役をあんな風に演じられる人は、他にいないんじゃないか。というか、あのクラスの女優が、あそこまでしてくれるんだ?と正直思ったね。今の日本にはいないだろうなあ。まあ、土壌が違うんだから、比べる必要もないかもしれないが、そんなこともおれは考えた。いや、土壌が違う、なんて、言い訳に過ぎない気もする。アートはアートだ。土壌が、なんて言ってたら、アートにならん。アートは土壌を凌駕する。はずだ。……また話が逸れたぞ。ま、とにかく、マリサ・トメイが素晴らしい。彼女にもっともっとたくさんの賞をあげるべきだ。……ああ、がんばって、今日のレヴューは英語で書くべきだったかもしれない。英語ならば、彼女が目にしないとも限らない。可能性はゼロじゃない。……マリサさん、ありがとう、あなたの仕事に胸を強く打たれました。Thank you,Ms.Marisa Tomei.I was greatly touched with your performance on The Wrestler.

いつものごとく、複雑な気持ちになったところで、今日は終わり。
前のエントリー(ハハ! 新しい言葉を使ってみた、新しいってもちろんおれにとってのという意味)でお知らせしたとおり、来週月曜の夜に下北沢CityCountryCityでDJをやります。時間が許す方はぜひとも。
  

6.18.2009

アイ・アム・ア・DJ

なんだか、猫系ブログのような様相を呈してますが、今日は違います。あ、いや、やっぱ、写真だけ。


えっと、6月29日の月曜日の夜に、下北沢CityCountryCityにて、久々に(何年振りだ?)DJをやります。いや、まあ、ぼくはDJ("I am a DJ" by David Bowie)……なんて偉そうに言える代物じゃないのだけどね。お気に入りの曲をどうにか繋いでいくだけで。ラウンジナイトってことなので、そんなにバカでかい音じゃないはず。ゆるゆると、お酒飲みつつ、おしゃべりしつつ、気が向いたら腰を振ったりもして、楽しもうぜ。
さて、なにをかけるかな? やっぱ、スズモのDJといえば、あれでしょ、あれ。あれってなんだよ? あれはあれだよ! ……1曲目だけ決めておこう、今、ここで、決めておこう。う〜ん……そうだ……ジョナサン・リッチマンだ! 予告先発。ジョナサン・リッチマンのザット・サマー・フィーリングで始めます。夏だしね! ……って、ひとりで盛り上がってるな、おれ。

雨の日かもしれないけど(根拠はない、ただなんとなく)、ぜひとも遊びに来てください。

6.09.2009

あたらしい生活



家族が増えたんですわ。

リスに見えるかもしれないけど、子猫。
里親募集のサイトにちらっと遊びに行って、写真を観賞してるうちにやっぱ欲しくなって、躊躇しつつも、というか、そんなに事がとんとんと運ぶとは思わずに、メールを送ったら、15分後には電話が鳴って、心の準備ができないままにものすごいスピードでいろいろなことが決まり、その日の夕方には我が家のソファの下に子猫二匹が隠れていた。足立区の公園に捨てられていたもよう。ほんとは一匹を飼うつもりが、この子たちを保護した女性はペット禁止のマンションに住んでるらしく、とりあえずトライアルでいいので二匹を一週間預かってもらえませんか?とお願いされ、預かったのだが、こいつらがあまりにも仲睦まじく、引き離すのが忍びなくなって、結局二匹をいっぺんに飼うことに。まだ警戒心を抱いていて、近寄ってきてくれないんだけどね。あるいは、最初の三日ほど、無理やり捕獲しては目薬を差していた(目やにがひどかったので)のが、よくなかったのかもしれない。まあ、いいや〜。いきなりなつかれると、のちの達成感もないしな〜。この茨の道のりこそが人生なのだ。などと、子猫に逃げられた後の自分を慰めております。

雉子虎を「キッチ」、黒を「クロエ」と名付けた……まるで芸がないのだが。いやね、トライアルの間、変に愛情が芽生えてもマズいと思って、「キジ」「クロ」と呼んでいたのよ。それがいつのまにか定着して、けど、そのまんまもなんだし、ちょっとだけもじってみたという。あ、まだ、たぶん生後1か月くらいで、チューチューと鼠のように啼いている。というか、啼くのは今のところ、クロエだけで、キッチはひょっとすると、口の訊けない子なのかもしれないな。

ともあれ、猫以後の人生、第二章がはじまった。

5.28.2009

鈴茂の月刊フィルム・レヴュー

欠落感は埋まらないけど、まあなんとか。
弔いのメールをくれたみなさん、ありがとう。

5月もそろそろ終わりということでこのひと月ばかりに観た映画を(いきなりどうしたの?ってかんじだけど)星☆評価で。最高は五つ。★は☆半分の意。

『MILK ミルク』ガス・ヴァン・サント監督 ショーン・ペン主演
☆☆☆☆
四つ。素晴らしい。普通に感動した。普通に、というのは、カメラワークがどうとかプロットがどうとかそういう言わばこましゃくれたことで脳を汚さずに、ただもう純粋に映画内世界を享受した、ということ。最後のほうは泣いたね。映画を観ながら鼻水をかむなんて久しぶりだ。しかし、映画館を出たとたんに気分が曇る。というのは、やっぱアメリカっていいよなあシンプルだしダイナミックだしって思って……だってあんなふうにたとえゲイだって市議会議員になれて……つまりはどんなマイノリティーだって強い信念を持って行動を起こせばちゃんと支援してくれる人が現れ出てそうしてわずかながらでも社会は動き歴史は更新されてく……それに比べて世襲のブタどもがのさばってそれをまたアホな大衆がちやほやしてヌルくてヘナヘナでむにょむにょで社会は滞り歴史は間延びする……権力とか薄っぺらい良識とかに対峙すべきマス・メディアはポピュリズムだかなんだか知らないが結局のところ体制側になびいて安全圏に逃げ込んで……いやいやそんな遠くのことじゃなくてもぼくらの生きる卑近な日常においてもその人の立場によって接する態度をこせこせと変え仕事や作品そのものに真摯に対峙するんじゃなくて村的な関係性の中で優劣を決めて……ようするに強きを助け弱きを挫くのかよ〜みたいなのが平気で横行するというかほとんど常識のようにさえなっているこの腐ったトマトのような我ら日本人と日本社会を思って気分が曇ったのですよ。いつのまにかミルクの話から三万光年くらい離れてますが。しかも酔っ払いの愚痴みたいになってるし。……ええと、それで、泣くほど感動したのに、なぜ☆が四つかというと、やはりどこかに映画を観ながら脳を汚されたい、という、ともすると鼻持ちならないこましゃくれた気持ちがあって……。

『スラムドッグ$ミリオネア』ダニー・ボイル監督
☆☆☆★
三つ半。まあ良かった。まあ楽しめた。ドキドキもしたしジーンともした。なかでもスラム街のシーンにはすごくリアリティーがあって身震いした。カメラワークもなかなか斬新だしプロットもなかなか工夫してあるし音楽なんかもアカデミー賞受賞作品ってことで「クレイマー、クレイマー」なんかをなにげに喚起させつつ観に行った温良な人を少なからずビビらせるぐらいにはブイブイいってるよね。けどね〜。なにかが足りないんだよな〜。ようするにいろいろと派手にやってるけどしょせんはスクエアだってことなのかな。例えばさ、今、この2009年に、ビートルズの「ヘルプ!」とか「ヘイ・ジュード」を聴いて、ほんとうに心から感動できる? 感動できるっていうか、完全に向こう側に持っていかれる? おれは持っていかれないな。あるいは、カート・ヴォネガットの小説に出てくる言葉を。「人生について知るべきことは、すべてフィードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にある、と彼はいうのだった。そしてこう付け加えた、「けれどもう、それだけじゃ足りないんだ」」。

『ウェディング・ベルを鳴らせ』エミール・クストリッツァ監督
☆☆☆☆★
四つ半。五つでもいいんだけどあんまり簡単に五つをつけるのもどうかという喪中ならではの沈着さもあって四つ半。正確には四つと四分の三。最高(の域)。ブラボー。持っていかれたぜ。全編を通して漲るエネルギーと緊張感とセンス・オブ・ブラック・ユーモアと。ハードコア・パンクである。いや、パンクという言葉もいいかげん擦り切れてきて使うのをためらうのだが、ここはハードコアという形容詞を添えた上で、あえて使いたい。簡単に言っちゃうと、ドタバタ・ハッピーエンド・コメディなんだけどさ、おれはね、この映画の通奏低音として、ハッピーとは裏腹の、半端じゃない「怒り」を感じた。そうなんです、「怒り」を含まぬものに、わたしは安々と持っていかれたりはしないのです。それと、花嫁役のマリヤ・ペトロニイェヴィッチという、この映画がデビュー作になるらしい女優が最高にキュートでね。たまらんよ。目眩がするよ。その晩の夢に出てきたよ。ちなみに、渋谷シネマライズに、過去のシネマライズ上映作品のパンフを持っていくと、1000円で鑑賞できます。称賛されるべき嬉しい企画じゃないか。

『スウェーディッシュ・ラヴ・ストーリー』ロイ・アンダーソン監督
☆☆☆☆☆
五つ! いや、これは、我が家の小さなモニターにてDVDで観たものなんで、ちょっと反則なんですけど。かなり遠くまで……対岸どころか、次の河の土手にあるテニスコートまで持っていかれたね。なんですか、この映画。変です。まあ、通常の意味では、破綻してます。タイトルとポスター(やスリーヴ)のイメージから、ロイ・アンダーソンが撮った、唯一の、ピュアな、まあ今日の文脈からいえば、スクエアな、思春期恋愛映画だと思ってたの。それが。おいおい。うちのおふくろ(ちなみに『スラムドッグ〜』は観に行ったらしい、感想は聞いてないけど)とかが観たら、頭おかしくなっちゃうよ。いや、もちろん、ただ「変」という理由で、☆を五つつけたわけじゃないんだけども。最高のリリシズム。なのに、卑近な社会性を帯びることを厭わない勇敢さと(たぶん)怒り。ロイ・アンダーソンの芯には、常に半端じゃない怒りがあるんだと思う。

もっと怒れ。きみの目の前の現実に。
そして、ファック・ザ・ユニバース。

5.19.2009

猫以前と猫以後

ご無音、お許しを。リチャード・ヘルです。
ベルホヤンスク山脈をトレッキングしてました。

土曜日にうちの黒猫でんが死んじゃってね。参ったね。
まあ、16歳だし、慢性腎不全と糖尿病に加え、最近、食道ガンも発覚して、もう長くないことはわかっていたんだけど、それにしてもこたえた。

じつは、おれにとってはじめての猫だったんだ。当時すでに6歳だったあいつに会う前のおれは、明らかに犬派。猫はどちらかというと苦手だったかもしれない。あいつもそのことを感じたんだろう、最初のうちはどうにもしっくりいかなかった。それがいつのまにか……。

大袈裟な物言いかもしれないけど、おれの人生はいまのところ、猫以前と猫以後に分かれると思う。小説を書き出したのも猫以後だ。
・・・・・・ダメだ……書けねえぞ。ファック・ザ・ユニバース。

喪中。
ということで。

4.15.2009

入ってきてよ、ぼくらの社会に。



もう四月も半ばじゃん。参ったな。どうなってんだ、このスピード。

ハーフマラソンについては今日も書かないでしょう。いつかは書くでしょう。いつになるでしょう。

先日、軽いドライヴ帰りに我が家から田園都市線の駅でいうと三つほど奥になる市ケ尾駅前の……なんて言ってもこのへんに住んでる人しかピンとこないか、えーとね、住所でいうと、横浜市青葉区になるのかな、渋谷から三十分強の郊外住宅地の……西友に晩ご飯の買い物をするべく寄ったんだけど、店に足を踏み入れた途端に普段使っているスーパーマーケットとは異なるムードを感知した。そのわけは、店内が妙に静かだったからで、いいなぁこのかんじ、と思ってさらに耳を澄ませると、なんとBGMとしてジェーン・バーキンが流れていた! うひぁ、郊外の西友でジェーン・バーキン? しかも、ちょっと耳を澄まさないと聞こえないくらいの音量で。

いいよねえ。こうであってほしいよねえ。

いやまあ、ジェーン・バーキンはこの際どうでもよくてさ、スーパーのような不特定多数の人間が出入りする半ばパブリックな場では、音楽が流れているにしても、耳に邪魔にならない音量で流れていてほしい。おれはほんとうにこの手の問題に日々悩まされているのだよ。普段出入りする近所のスーパーやコンビニの多くでは、騒音としか思えないような音量で、店内放送が流れている。しかも、それがまだモーツァルトやブライアン・イーノだったら許してもいいけど、君の笑顔が見たくてだのあなたがくれた夢だのありがとう愛だの、といった白痴的な歌詞と黴臭いメロディーの歌謡曲が。
 
気が狂いそうである。繰り返すけど、音楽の趣味はまあ人それぞれだからよしとしよう、おれが歪んでるのかもしれないしさ、問題はあの音量よ。ライブハウスとかCDショップとかお気に入りの古着屋とかじゃないんだからな! 単にタマネギとかさんまの開きとかヨーグルトとか発泡酒とかを買いに来ているのであって、歌謡曲を聴きに来ているのではない! 無理やり聞かせるな! 音だって一種の暴力だぞ! おまけに、この際だから名前出しちゃうけど、東急ストアの鷺沼店には、売り場の要所要所にラジカセや小さなモニターが置かれていて、自動音声でなんだかんだとかまびすしく商品のアピールをしてるの。それらが互いに相殺して結局、何を言ってんだがほとんど聴き取れない。もう音の地獄だね。この間は、ついに我慢できなくなって、「お客様の声をこちらへ」などと記されてるボックスに、そのことを書きつけて投函した。翌日、売り場担当マネージャーとかいう人から電話が来て、「放送をやめるわけにはいきませんが、音量については善処します」みたいなことを言われたけど、どうなってんだか。まあ、たった一つの意見で、大きく変わるということはないだろうな。

で、西友。調べてみると、西友はいまや世界最大のスーパーマーケット・チェーンであるアメリカ・ウォルマートの子会社なんだね。最高経営責任者もエドワード・ジェームズ・カレジェッスキーさんとかいう外国人。ふむふむ。このこととBGMの音量および選曲は関係ないのかな。関係あるだろうな。関係あるとおれはみたね。……ならば。もし、西友(少なくとも市ケ尾の西友)のように店内が静かになり、白痴的な歌謡曲の代わりに、ジェーン・バーキンが流れるんだったら、あ、それはいいんだった、えーと、そんな贅沢は言わないぜ、いっそミスチルでもいいから小さな音量でかけてくれるんだったら、他のスーパーマーケットやコンビニエンスストアも、どんどん外国の企業に買収されてほしいよ。

で、さらに、思い出したんだけど、欧米のスーパーマーケットって、静かなだけじゃなくて(というか、たいていはなんにも流れていない)、レジの人が椅子に座って働いてるよなあ、まるで自分のデスクに向かうみたいに。ぜんぶがそのスタイルなのかどうかは知らないけど、記憶にある限りそうだ。さすがに西友はレジの人、立ってたけど、けれども、あの、ニッコリ笑顔+「いらっしゃいませ〜こんにちは〜……198円が1点……合計で3685円頂戴いたします……四千円お預かりいたします……ありがとうございました〜またおこしくださいませ〜」+一礼+ニッコリ笑顔、というような、過剰に詳細で慇懃な、消費者は神様です的な、接客ではなかったことはたしか。もっとシンプルで実際的だった。……あれねえ、働いたことある人はわかるはずだけど、すんごく大変なんですよ。ああいう接客をさせられることで、少なくとも倍のエネルギーは使うね。しかもなんのためなんだかわからないエネルギー。……などと考えていくと、グローバリゼーションってのは労働者にとって良いことも多いんじゃないかな。と、たった今思いついたように書いたけど、ぼくはじつは長いことそのように思っています。カモン、アメリカ。カモン、フランス。カモン、世界。

ちなみに、自動音声による騒音等については、中島義道の「うるさい日本の私」(新潮文庫)や「醜い日本の私」(新潮選書)に、詳しく、かつ面白く、書かれています。興味のある方と、小生のように公共騒音に発狂しそうになっている方はぜひこちらを。

今日は珍しく改行、および行間空けを実行してみました。どうかな?

あ、写真はまたしても本文と無関係。地下鉄の中で。ミラノの女たち。いつまでこのネタを使うのだ?