ご無音、お許しを。リチャード・ヘルです。
ベルホヤンスク山脈をトレッキングしてました。
土曜日にうちの黒猫でんが死んじゃってね。参ったね。
まあ、16歳だし、慢性腎不全と糖尿病に加え、最近、食道ガンも発覚して、もう長くないことはわかっていたんだけど、それにしてもこたえた。
じつは、おれにとってはじめての猫だったんだ。当時すでに6歳だったあいつに会う前のおれは、明らかに犬派。猫はどちらかというと苦手だったかもしれない。あいつもそのことを感じたんだろう、最初のうちはどうにもしっくりいかなかった。それがいつのまにか……。
大袈裟な物言いかもしれないけど、おれの人生はいまのところ、猫以前と猫以後に分かれると思う。小説を書き出したのも猫以後だ。
・・・・・・ダメだ……書けねえぞ。ファック・ザ・ユニバース。
喪中。
ということで。
5.19.2009
4.15.2009
入ってきてよ、ぼくらの社会に。
もう四月も半ばじゃん。参ったな。どうなってんだ、このスピード。
ハーフマラソンについては今日も書かないでしょう。いつかは書くでしょう。いつになるでしょう。
先日、軽いドライヴ帰りに我が家から田園都市線の駅でいうと三つほど奥になる市ケ尾駅前の……なんて言ってもこのへんに住んでる人しかピンとこないか、えーとね、住所でいうと、横浜市青葉区になるのかな、渋谷から三十分強の郊外住宅地の……西友に晩ご飯の買い物をするべく寄ったんだけど、店に足を踏み入れた途端に普段使っているスーパーマーケットとは異なるムードを感知した。そのわけは、店内が妙に静かだったからで、いいなぁこのかんじ、と思ってさらに耳を澄ませると、なんとBGMとしてジェーン・バーキンが流れていた! うひぁ、郊外の西友でジェーン・バーキン? しかも、ちょっと耳を澄まさないと聞こえないくらいの音量で。
いいよねえ。こうであってほしいよねえ。
いやまあ、ジェーン・バーキンはこの際どうでもよくてさ、スーパーのような不特定多数の人間が出入りする半ばパブリックな場では、音楽が流れているにしても、耳に邪魔にならない音量で流れていてほしい。おれはほんとうにこの手の問題に日々悩まされているのだよ。普段出入りする近所のスーパーやコンビニの多くでは、騒音としか思えないような音量で、店内放送が流れている。しかも、それがまだモーツァルトやブライアン・イーノだったら許してもいいけど、君の笑顔が見たくてだのあなたがくれた夢だのありがとう愛だの、といった白痴的な歌詞と黴臭いメロディーの歌謡曲が。
気が狂いそうである。繰り返すけど、音楽の趣味はまあ人それぞれだからよしとしよう、おれが歪んでるのかもしれないしさ、問題はあの音量よ。ライブハウスとかCDショップとかお気に入りの古着屋とかじゃないんだからな! 単にタマネギとかさんまの開きとかヨーグルトとか発泡酒とかを買いに来ているのであって、歌謡曲を聴きに来ているのではない! 無理やり聞かせるな! 音だって一種の暴力だぞ! おまけに、この際だから名前出しちゃうけど、東急ストアの鷺沼店には、売り場の要所要所にラジカセや小さなモニターが置かれていて、自動音声でなんだかんだとかまびすしく商品のアピールをしてるの。それらが互いに相殺して結局、何を言ってんだがほとんど聴き取れない。もう音の地獄だね。この間は、ついに我慢できなくなって、「お客様の声をこちらへ」などと記されてるボックスに、そのことを書きつけて投函した。翌日、売り場担当マネージャーとかいう人から電話が来て、「放送をやめるわけにはいきませんが、音量については善処します」みたいなことを言われたけど、どうなってんだか。まあ、たった一つの意見で、大きく変わるということはないだろうな。
で、西友。調べてみると、西友はいまや世界最大のスーパーマーケット・チェーンであるアメリカ・ウォルマートの子会社なんだね。最高経営責任者もエドワード・ジェームズ・カレジェッスキーさんとかいう外国人。ふむふむ。このこととBGMの音量および選曲は関係ないのかな。関係あるだろうな。関係あるとおれはみたね。……ならば。もし、西友(少なくとも市ケ尾の西友)のように店内が静かになり、白痴的な歌謡曲の代わりに、ジェーン・バーキンが流れるんだったら、あ、それはいいんだった、えーと、そんな贅沢は言わないぜ、いっそミスチルでもいいから小さな音量でかけてくれるんだったら、他のスーパーマーケットやコンビニエンスストアも、どんどん外国の企業に買収されてほしいよ。
で、さらに、思い出したんだけど、欧米のスーパーマーケットって、静かなだけじゃなくて(というか、たいていはなんにも流れていない)、レジの人が椅子に座って働いてるよなあ、まるで自分のデスクに向かうみたいに。ぜんぶがそのスタイルなのかどうかは知らないけど、記憶にある限りそうだ。さすがに西友はレジの人、立ってたけど、けれども、あの、ニッコリ笑顔+「いらっしゃいませ〜こんにちは〜……198円が1点……合計で3685円頂戴いたします……四千円お預かりいたします……ありがとうございました〜またおこしくださいませ〜」+一礼+ニッコリ笑顔、というような、過剰に詳細で慇懃な、消費者は神様です的な、接客ではなかったことはたしか。もっとシンプルで実際的だった。……あれねえ、働いたことある人はわかるはずだけど、すんごく大変なんですよ。ああいう接客をさせられることで、少なくとも倍のエネルギーは使うね。しかもなんのためなんだかわからないエネルギー。……などと考えていくと、グローバリゼーションってのは労働者にとって良いことも多いんじゃないかな。と、たった今思いついたように書いたけど、ぼくはじつは長いことそのように思っています。カモン、アメリカ。カモン、フランス。カモン、世界。
ちなみに、自動音声による騒音等については、中島義道の「うるさい日本の私」(新潮文庫)や「醜い日本の私」(新潮選書)に、詳しく、かつ面白く、書かれています。興味のある方と、小生のように公共騒音に発狂しそうになっている方はぜひこちらを。
今日は珍しく改行、および行間空けを実行してみました。どうかな?
あ、写真はまたしても本文と無関係。地下鉄の中で。ミラノの女たち。いつまでこのネタを使うのだ?
3.28.2009
ハーフマラソンについて書くつもりが、ウェディングプレゼント。
早いものでもう3月も終わり。ブログも更新できないままに日々が過ぎてゆく。毎日のように様々な出来事が、大なり小なり微小なりが、あるんだけどね、書き残せないまま。
そうそう、例えば、the wedding presentのライヴに行ったりとかね。92年か93年(かその前後)に渋谷オンエア(と当時は単にそう呼ばれていたはず。箱の中はどうなっているのか知らないけど、現在のO-East)で観て以来。ひょっとして来日もそれ以来だろうか(それはないか?――そういうこと調べるのは面倒なので気になる人は自分で調べてください)。会場はO-East向かいの渋谷O-Nest。今どきウェディング・プレゼントを生で観聴きしたいと思うのはいったいどういう人たちなんだろう?という興味を道中にわかに覚えつつ、会場へ。若い子もちらほら見かけて驚いたけど、中心はやっぱ同年代。「ビザーロ」あたりからの真摯なファンと思われる。生き残り、と言ってみたい気持ちにも駆られるなあ。あと、外国人が多かった。とりわけ、男。なんとなく、イギリス人。おそらく、同年代。まさか、わざわざライヴを観に日本に来たわけじゃないだろうから、普段はベルリッツとかで先生をやってんだろうか。ライヴ中、最も盛り上がっていたのも彼ら。で、肝心のライヴは、「ビザーロ」からも「シーモンスター」からも「ヒットパレード」からも、もちろん最近のアルバムからも満遍なくやってくれて、まるで現時点でのベスト盤みたいな、嬉しすぎるセットリスト。音は、もう、そのまんま。レコードのまんま、昔のまんま。唯一無二のあれ。リアレンジしてみようとか、加工してみようとか、そういう意図はまったくないんだろうな。Gedgeの声も、そのまんま(と感じられた)。まあ、もともと、若々しい声じゃないんでね。ガサガサガリガリしたぶっきらぼうで荒々しいギターサウンドと、その中にひっそりと宿る、スウィートネスとセンチメンタリズム。印象に残ったのは、Gedgeが荒々しい音の渦中にあって、とても丁寧に歌を歌っていたこと。時にはゼスチェアまで加えて。もっとも英語なのでところどころしか、しかも簡単な英語のところしか聴き取れないんだけど「ぼくはまだきみを愛しているんだ」とか「きみがいなくてどんなにさみしいか」とか、そんな、なんと名状すればいいのか、青くて、脆くて、ダメな男の女々しい、つまりは他人事ではない!歌詞を。……それから、可笑しかったのは、そのGedgeが、おい大丈夫かよってこっちが気を揉むほど開演間際まで物販コーナーの周囲でうろうろしていたこと、かつ、終演後、おれらが会場から出てきたら、すでに物販コーナーの脇にいたこと。そりゃ早すぎだろ。着替えくらいしてこいよ。握手してもらったら、手のひらは果たして汗で濡れていた。ともかく、素晴らしいライヴ。生き残るぞ、と思わせてくれる素晴らしいライヴ。
あれ? WPのライヴについてなんて書くつもりはなかったんだけどな。そうじゃなくて、ハーフマラソンについて書くつもりだったんだが。というか、しばらく連載的にハーフマラソンとそれにまつわるいろいろについて書いてみようかと。まあいいか。次から。気が変わらなければ。
写真は本文とはまったく関係ありません。ミラノの街角の古本屋。
3.12.2009
書を携えて旅に出よ
駆け足でミラノとパリに行ってきた。
ほんとうは、なんであれ、慌ただしく行動するのは苦手なのだけど、今回はまあ時間的にも金銭的にものんびりする余裕はなかったので仕方があるまい。ミラノ行きの飛行機の中で堀江敏幸の『郊外へ』を読む。エッセイと小説のあわいをたゆたうような端正にしてチャーミングな文章にうっとりして眠り、目覚めてはまたうっとりしてるうちにミラノに到着。そのミラノはずっと雨。冬の雨。冷たい雨。不法移民らしき中近東系の物売りから5ユーロで折りたたみ傘を買い、ひたすら石畳の街路を歩いた。ほとんどあてずっぽうに、というのはなぜかガイドブックに路線図が載っていないからなのだが、トラムに乗ったりもした。あるいは、カフェで立ち飲みエスプレッソ。書店でうろうろうきうき。ヘンリー・ミラーの『北回帰線』のハードカヴァーとアラン・シリトーの『長距離走社の孤独』のペイパーバックをジャケ買い。ほんとうはミラーの『セクサス』『プレクサス』『ネクサス』三部作ボックスが欲しかったのだが、値段を見て断念。まあ、どうせイタリア語じゃ読めないんだし。いや、読める読めないはじつは関係ないんだけど。書物というモノが好きなんでね。一人で食べる晩ご飯はさすがにわびしいけど、しかし極上のペンネ・アラビアータと廉価の赤ワインとキュートな給仕の女の子がそれを癒してもくれる。ミラノ中央駅から列車に乗ってパリへ。列車の中ではケルアックの『オン・ザ・ロード』を原書で。そういえば、ケルアックの英語に触れるのははじめてだったかもしれない。これがまた、なんともチャーミングな英語で。端正ではないけれど、程よいルーズさが孤独な心を温めてくれる。などと生意気にも感じるのは青山南の新訳の印象が残ってるからか。とまれ、いつのまにか列車の走行リズムに合わせて眠っている。目覚めると、そこはアルプス山中。一面の雪景色。うそだろ? いや、まじだ。ほんとに雪だ。ヨーロッパの雪だ。白い夢じゃないぜ。車掌がイタリア人のでっかいおっさんからフランス人のでっかいおねえさんに変わる。だから挨拶も「ブォンジョルノ」から「ボンジュール」に。パリでは友人たちに一年半ぶりの再会。抱擁。とらやの和菓子と『女たち』を渡す。英訳の「サンドラ」だけは彼らも読んでくれるだろう。そして、今回の旅の一応のメインである、セミ・マラトン・デ・パリに出場。ようするに、ハーフマラソン大会。大会というよりフェスティヴァルといったほうがいいかな。練習不足が祟って、ちっとも良いタイムじゃなかったけど(1時間59分58秒)、とても楽しく走った。なんつってもパリの市街とヴァンセーヌの森を走るんだからね、眺め抜群、雰囲気ワンダフル。まるで映画の中を走ってるみたいだわ♥。沿道では様々な人々が様々な音楽を、シンフォニーやらアフリカンビートやらロックンロールやらを、生演奏していて、iPodは不要だったかもしれない。もちろん、その日以外は、ミラノ同様、ひたすら歩き回る。歩き疲れたらカフェでKate Bravermanの"Squandering the Blue"を電子辞書を引きつつ。読み疲れたら通りを行き来する人々をぼんやり眺め。きれいな女性に目がいくのはいつものことだけど、今回はやたらと初老のおっさんに目が奪われる。なぜかを考えたけど、端的には言えないのでここでは割愛。そうしてやっぱり、書店でうろうろうきうき。ミシェル・ウエルベックやマリー・ンディアイの原書や(結局)ブコウスキーや(相も変わらず)ミラーの仏語訳を購入。買い物は本だけ。あ、塩とウエハース・チョコレートも買ったか。と、そんなかんじで、駆け足のミラノとパリの旅は終わり。関空(成田への直行便が取れなかったので)への機中ではシャンパンと白ワインでぐでぐでになりながらコーマック・マッカーシーのクライム・ノヴェル『血と暴力の国』を。No Country For Old Men.
ざっと乱暴に書いたけど、こういうのをいずれつらつらと書いてみたいね。それこそ、堀江敏幸さながら、エッセイと小説のあわいを優雅にたゆたうように。もっとも、おれが書くと、あのような品位や含蓄は出ないんだけどさ。
うん、これからも、日常と旅先を、日本と外国を、日本語圏と日本語圏外を、往還していたいと強く思った。そんな形而下の、ひたすら地上的な往還の中でしか、見えてこないものがあるのです。みなさん、書を携えて旅に出ましょう(笑)。……(笑)は、みっともないから取るか。書を携え、旅に出よ。ピース。
3.03.2009
小説について語る時にわたしたちの……
百年でのトーク・イベントに来ていただいた皆さん、ありがとうございました。
そして、すまん! 自ら懸念していた中川(酩酊)状態になってしまった。少量のアルコールを体内に注入して、脳をほぐし舌を滑らかにするつもりが、ついつい。ふと気付けば、脳は固まってるし舌はもつれてるし。……しかし、弱くなったよなあ。おれも確実に老化してるということなのか。
あとで、素面で反芻すれば、当然ながら、あの話をすべきだった、とか、あの話はすべきじゃなかった、とか、あの話はああではなくてこのように話すべきだった、とか、多々あるんだけど。
とりわけ、もう少し、日常的な視点で、生活に即した文脈で、小説の話をするべきだったと思う。せっかく「女たち」も出たばかりなんだし。もっと、チャーミングになりえたはずの小説の話をね。……つまりは、石川さんのパワフルな論法に寄り切られたってことなのか…笑。
それとね、質問コーナーの時に感じたことで、ここであえて言っておきたいことを。
ああいう、なにげに高踏な、ややもすれば小難しい、あるいは純理論的な、話題が飛び交ってる時に、卑近な、素朴な、あるいは(英語の形容詞を使えば)プラクティカルな、話題を持ち出すのって、かなり気が引けることだよね。けど、恐るる事なかれ。ひょっとすると、一見バカっぽいカジュアルな問いかけこそが、とんでもない深遠な真理を突き刺しているのかもしれないのだから。
最後のほうで、「もっと鈴茂さんの話が聞きたかった……」と、おそるおそる発言してくれた前列のショートカットの女の子。わかるわかるすごくわかるよ、あなたがその単純かつ朴訥な問いかけの奥底で、じつは何を言わんとしていたのか。期待に応えられなくて申し訳ない。また、次の機会にね。ともあれ、あの場面でそのような発言をしてくれたあなたの勇気に、リスペクトとサンクスを表します。
そして、すまん! 自ら懸念していた中川(酩酊)状態になってしまった。少量のアルコールを体内に注入して、脳をほぐし舌を滑らかにするつもりが、ついつい。ふと気付けば、脳は固まってるし舌はもつれてるし。……しかし、弱くなったよなあ。おれも確実に老化してるということなのか。
あとで、素面で反芻すれば、当然ながら、あの話をすべきだった、とか、あの話はすべきじゃなかった、とか、あの話はああではなくてこのように話すべきだった、とか、多々あるんだけど。
とりわけ、もう少し、日常的な視点で、生活に即した文脈で、小説の話をするべきだったと思う。せっかく「女たち」も出たばかりなんだし。もっと、チャーミングになりえたはずの小説の話をね。……つまりは、石川さんのパワフルな論法に寄り切られたってことなのか…笑。
それとね、質問コーナーの時に感じたことで、ここであえて言っておきたいことを。
ああいう、なにげに高踏な、ややもすれば小難しい、あるいは純理論的な、話題が飛び交ってる時に、卑近な、素朴な、あるいは(英語の形容詞を使えば)プラクティカルな、話題を持ち出すのって、かなり気が引けることだよね。けど、恐るる事なかれ。ひょっとすると、一見バカっぽいカジュアルな問いかけこそが、とんでもない深遠な真理を突き刺しているのかもしれないのだから。
最後のほうで、「もっと鈴茂さんの話が聞きたかった……」と、おそるおそる発言してくれた前列のショートカットの女の子。わかるわかるすごくわかるよ、あなたがその単純かつ朴訥な問いかけの奥底で、じつは何を言わんとしていたのか。期待に応えられなくて申し訳ない。また、次の機会にね。ともあれ、あの場面でそのような発言をしてくれたあなたの勇気に、リスペクトとサンクスを表します。
2.27.2009
六十六歳のおばあさんはリンダが好きだという
まあ、当然ながら毎日いろいろなことがあるわけだけど、ここに記せないまま日々が過ぎてゆく。簡潔にさらっと書けないのは、おれの性分でもある。しかし、今日はそんなおれの性分をねじ曲げて、できるだけさらっと書きたい(と、いつも思っているような気がするが)。
先週のことになるが、ほんとうに久々に、曽我部恵一バンドのライヴを代官山UNITで見させてもらった。そして、ほんとうに久々に、”青春”真っ直中な気分を味わわせてもらった。そういうのが、ちゃんとおれの中にも残っているのである。でね、途中で、横や後ろのお客さんをちら見したら、みんなすっげえハッピーな顔してるんだよなあ。その言いようのない美しさに、思わずウルっときちゃったぜ。ロックンロールってすごいよ。マジで。
おふくろとこれまた久々に電話でしゃべったら、『女たち』を読んだという。どれが良かった?と訊いたら、「リンダ」が好きだという。これには少なからず驚いた。だっておふくろはブコウスキーなんてまったく(神に誓って!絶対に!)知らないわけだし。ふだんはせいぜい山崎豊子とか三浦綾子とかを読んでるんじゃなかったっけ? 少なくとも、ど田舎で生まれ育って今もど田舎で暮らす、土いじりと二匹の犬が好きな六十六歳(たしか)のおばさん……いや、おばあちゃんよ? でね、一方で、とても親しくさせてもらっている、三十歳(たしか)の、アーバンな育ちで今もアーバンで暮らす、おれが聞いたこともないようなフランスの作家の名前を(酔ってるくせに)がんがん出してきたり、「あ、それについて、ニーチェはこんなふうに言ってますね」とか(酔ってるくせに)語ったりする、まあ言ってみれば、文芸エリートの編集者も「リンダ」を褒めてくれた。これはなかなかに感慨深いのである。おれの三十倍はインテリジェントな編集者とおれの三十分の一くらいしかインテリジェントでないおふくろ(……まあ、読んでないだろうけど、おふくろ、ごめん! これも、レトリックってやつさ)が、同じ「リンダ」を好んでくれる、というのはね。
夕方、「remix」が届いた。ブック・レヴューで桑田晋吾氏が『女たち』と「桜井鈴茂」について、素敵な評を書いてくれている。うれしい。とくに、今さらながら、『アレルヤ』に触れてくれているのが、うれしい。桑田氏曰く「これは下北沢版の『トレインスポッティング』だ」と。……しびれるぜ。あの小説は刊行当時、僅かの例外を除き文芸業界にもその他の業界にもほとんど相手にされなかったので(装丁がひどいせいもたしかにあると思うが)、あえて自賛させてもらうけど(そのくらいの道理はあるだろ、ベイベー)、いいよ〜。……いいよ〜、って説得力ないかw。しかし、絶版。どなたか、装丁新たに再発(復刊)してくれませんか。「埋もれていたゼロ年代最高の青春小説、ここに復刊!」みたいな帯つけて。というか、あれにはもともと曽我部恵一がワンダフルな帯を書いてくれてたんだよな〜。ソカバン・ファンのロックンロール・キッズよ、ぜひとも。
と話がなにげに戻ったところで、今日はおしまい。ぜ〜んぜん、簡潔じゃないけど。ルーズなだけで。そういえば、最近、おれ、宣伝ばかりしてるな。まあ、いいか。つーか、宣伝でやってんだしな。とか、身も蓋もないことを。
では、土曜日、百年で会おう。中川・元財務大臣の真似をしないよう、気をつけます。
先週のことになるが、ほんとうに久々に、曽我部恵一バンドのライヴを代官山UNITで見させてもらった。そして、ほんとうに久々に、”青春”真っ直中な気分を味わわせてもらった。そういうのが、ちゃんとおれの中にも残っているのである。でね、途中で、横や後ろのお客さんをちら見したら、みんなすっげえハッピーな顔してるんだよなあ。その言いようのない美しさに、思わずウルっときちゃったぜ。ロックンロールってすごいよ。マジで。
おふくろとこれまた久々に電話でしゃべったら、『女たち』を読んだという。どれが良かった?と訊いたら、「リンダ」が好きだという。これには少なからず驚いた。だっておふくろはブコウスキーなんてまったく(神に誓って!絶対に!)知らないわけだし。ふだんはせいぜい山崎豊子とか三浦綾子とかを読んでるんじゃなかったっけ? 少なくとも、ど田舎で生まれ育って今もど田舎で暮らす、土いじりと二匹の犬が好きな六十六歳(たしか)のおばさん……いや、おばあちゃんよ? でね、一方で、とても親しくさせてもらっている、三十歳(たしか)の、アーバンな育ちで今もアーバンで暮らす、おれが聞いたこともないようなフランスの作家の名前を(酔ってるくせに)がんがん出してきたり、「あ、それについて、ニーチェはこんなふうに言ってますね」とか(酔ってるくせに)語ったりする、まあ言ってみれば、文芸エリートの編集者も「リンダ」を褒めてくれた。これはなかなかに感慨深いのである。おれの三十倍はインテリジェントな編集者とおれの三十分の一くらいしかインテリジェントでないおふくろ(……まあ、読んでないだろうけど、おふくろ、ごめん! これも、レトリックってやつさ)が、同じ「リンダ」を好んでくれる、というのはね。
夕方、「remix」が届いた。ブック・レヴューで桑田晋吾氏が『女たち』と「桜井鈴茂」について、素敵な評を書いてくれている。うれしい。とくに、今さらながら、『アレルヤ』に触れてくれているのが、うれしい。桑田氏曰く「これは下北沢版の『トレインスポッティング』だ」と。……しびれるぜ。あの小説は刊行当時、僅かの例外を除き文芸業界にもその他の業界にもほとんど相手にされなかったので(装丁がひどいせいもたしかにあると思うが)、あえて自賛させてもらうけど(そのくらいの道理はあるだろ、ベイベー)、いいよ〜。……いいよ〜、って説得力ないかw。しかし、絶版。どなたか、装丁新たに再発(復刊)してくれませんか。「埋もれていたゼロ年代最高の青春小説、ここに復刊!」みたいな帯つけて。というか、あれにはもともと曽我部恵一がワンダフルな帯を書いてくれてたんだよな〜。ソカバン・ファンのロックンロール・キッズよ、ぜひとも。
と話がなにげに戻ったところで、今日はおしまい。ぜ〜んぜん、簡潔じゃないけど。ルーズなだけで。そういえば、最近、おれ、宣伝ばかりしてるな。まあ、いいか。つーか、宣伝でやってんだしな。とか、身も蓋もないことを。
では、土曜日、百年で会おう。中川・元財務大臣の真似をしないよう、気をつけます。
2.16.2009
百年で
久しぶりになっちゃったな。
さてさて、『女たち』は無事みなさんの住む街に届いてますか。さきほど旧友から「値段が高いぞ」みたいなメールが来てて、そういうこと言われると心が痛むんですけど、まあこればっかりはおれにもどうしようもないことなんでね、勘弁してください。
そういうことを含めて、話しましょう、百年で。小説の値段とか未来とか意味とか位置とか倫理とか。まだ受付中らしいので、都合がつく方はぜひとも。
数日前、ダルデンヌ兄弟監督の「ロルナの祈り」を観た。いろいろと書きたいんだけど、時間がないので一言。……素晴らしい! ほんとに素晴らしい! おれの中では、この作品をもってして、ついにダルデンヌ兄弟は現代最高の映画作家の一人(というか兄弟だから二人なんだけど)になったね。
昨日は友人夫婦の家で、音楽の映像を見まくった。ミュージック・ヴィデオやグラストンベリー・フェスの映像や。我が家ではこういうのをあまり観ることがないので、すごく楽しかった。とりわけ、Faithlessのグラストンベリーが最高だった。
取り急ぎ。ってまるでメールみたいだけど。まあ、メールみたいなものか。
さてさて、『女たち』は無事みなさんの住む街に届いてますか。さきほど旧友から「値段が高いぞ」みたいなメールが来てて、そういうこと言われると心が痛むんですけど、まあこればっかりはおれにもどうしようもないことなんでね、勘弁してください。
そういうことを含めて、話しましょう、百年で。小説の値段とか未来とか意味とか位置とか倫理とか。まだ受付中らしいので、都合がつく方はぜひとも。
数日前、ダルデンヌ兄弟監督の「ロルナの祈り」を観た。いろいろと書きたいんだけど、時間がないので一言。……素晴らしい! ほんとに素晴らしい! おれの中では、この作品をもってして、ついにダルデンヌ兄弟は現代最高の映画作家の一人(というか兄弟だから二人なんだけど)になったね。
昨日は友人夫婦の家で、音楽の映像を見まくった。ミュージック・ヴィデオやグラストンベリー・フェスの映像や。我が家ではこういうのをあまり観ることがないので、すごく楽しかった。とりわけ、Faithlessのグラストンベリーが最高だった。
取り急ぎ。ってまるでメールみたいだけど。まあ、メールみたいなものか。
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